名古屋ワーグナー管弦楽団

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■はじめに

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名古屋ワーグナー管弦楽団の演奏会が、2008年4月27日に愛知県芸術劇場コンサートホールで、日本ワーグナー協会の後援を得て開催されました。ジークリンデ役に池田香織さん、ジークムント役に二塚直紀氏、フンディング役に藤村匡人氏をソリストに迎え、山下一史氏の指揮により演奏会形式で「ジークフリート牧歌」と楽劇「ニーベルングの指輪」からワルキューレ第1幕を上演しました。

名古屋ワーグナー管弦楽団は、東海地区のアマチュア奏者を中心に構成されたオーケストラです。まずはその成り立ちから順を追ってお話いたします。

■オーケストラについて

発案は、東海地区の熟年アマチュア奏者の、いわゆる酒の席での話から始まりました。通常の会社なら定年の年齢近くになった、本業の傍らアマチュア音楽活動に勤しんできた奏者数名が考えたこと、それは、「残り少ない奏者生活で遣り残したことはないか」「オペラの上演が出来ないだろうか」という話でした。さらにその中の管楽器奏者はウィーン式管楽器の愛好家であり、「ウィーンスタイルに拘りたい」と話は発展していきました。
当時、期せずして発売となり反響を呼んだ、クナッパーツブッシュ指揮「ウィーン芸術週間 アンデア・ウィーン劇場演奏会」のDVDが話題となり、それにいたく感動した創設メンバーたちは、その演奏会の再現を目指すことになりました。

水面下で少しずつ進んでいた話を私が知ったのは、2006年の秋。その時私は、三澤洋史氏の指揮で「マーラープロジェクト名古屋」というアマチュアオーケストラ演奏会の企画運営に携わっていました。マーラープロジェクト名古屋は、前年の「愛・地球博」の際に結成された「愛知万博祝祭管弦楽団」のメンバーが再演を目指して掲げた団体です。マーラーの「大地の歌」とワーグナーの楽劇「ニュルンベルグのマイスタージンガー(抜粋)」を、ソリストに初鹿野剛氏、高橋淳氏、三輪陽子氏を迎えて2006年10月に名古屋市民会館(現中京大学市民会館)大ホールにて演奏しました。(その際の初鹿野氏のザックスについては、氏が「ザックス役に魅せられて」と題した文章をワーグナーフォーラム2007に執筆されています)。

そのマーラープロジェクトのメンバーから「ワルキューレ1幕の演奏を企んでいる一団がいる」との噂を聞きつけ、いてもたってもいられなくなった私は人間関係のかすかな糸を手繰り寄せ、仲間に入れてもらうよう懇願しました。私は普段チューバを担当しているのですが、その時すでにチューバのメンバーは決まっていました。でも、どうしても参加したいとの想いに抗しきれず、執念で、音域の近いコントラバストロンボーンで参加することを決意しました。そうそう出回っている楽器ではありませんが、日本中を探し回り、東京新大久保の業者を頼りに個人経営の楽器店が持っていた在庫を入手することに成功しました。さらに、いわゆる「企画オーケストラ」の運営経験を買われ、事務局、企画も一手に任されることになりました。

オーケストラの名前は、「バイロイトを入れよう」「ウィーン風にしよう」と様々な議論を経て「名古屋ワーグナー管弦楽団」に決まりました。

■今回の出演者

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出演メンバーを集めること、これがまずアマチュアオーケストラ立ち上げの難関ですが、メンバー集めは全て口コミで行いました。管楽器に関しては、ウィンナ楽器の愛好家による発案ということで、東京から、関西から、ウィンナオーボエ、エーラー式ハンマーシュミット製クラリネット、ウィンナホルン等、独特の繊細かつ輝かしい響きを持つ楽器の愛好家が次々に名乗りを上げました。「ニーベルングの指輪」に欠かせない特殊楽器として、ワーグナーチューバ、バストランペット、コントラバストロンボーンがありますが、酔狂者は私以外にも世の中探せばいるもので、貴重な楽器を演奏できる数少ない機会とばかりに順当に集まりました。弦楽器は、東海地方の各アマチュアオーケストラで活動するメンバーを中心に声掛けを行いました。ワーグナーのフル編成を揃えるには大変な苦労がありましたが、遠方からの参加者やプロ奏者も入り、演奏会に興味を持ったメンバーが揃いました。

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アマチュアオーケストラの場合、ソリストは、指揮者と協議してキャスティングする事が多いのですが、今回は発案メンバーの人脈により早々と決まりました。ジークリンデ役の池田香織さん(東京二期会)のご主人は、東京でアマチュアオーケストラの奏者として活動をしており、その伝手でお願いしました。ジークムント役の二塚直紀氏(関西二期会)は、バストランペット奏者の知り合い、フンディング役は、同じく関西二期会の藤村匡人氏に依頼する事となりましたが、氏は奥様がコンサートマスターと懇意という間柄です。

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肝心の指揮者は、動き始めた時期が遅いこともあって人選に難航しましたが、山下一史氏がお引き受け下さることになりました。

■始動

「ワーグナー管弦楽団」と言う割に、実はワーグナーの愛好家ばかりが集まった訳ではありません。音楽への接し方もそれぞれで、メンバーによってはオペラの舞台すら見た事もなく、殆ど全員「ワルキューレの実演は初めて」という未知数の状況。今考えると大変恐ろしい話です。そのようなメンバー構成でしたが、半年以上に渡る練習を通じ、また各人が自分のパートを勉強する傍ら、テキストや示導動機なども研究して理解を深めていきました。

練習指導にご尽力いただいたのは、二期会のワルキューレ公演において副指揮者を務められた角田鋼亮氏、そして今回の企画の賛同者であり、セントラル愛知交響楽団でウィンナオーボエの美音を聞かせる池田逸雄氏、中部フィルハーモニー管弦楽団のヴィオラ奏者で、指揮者としても活躍中の中村暢宏氏です。角田氏のテキスト重視トレーニングは、この作品を隅々まで知り尽くしている氏ならでは、作品理解を深めるのに大変有意義でした。池田氏は、この曲と企画に対する愛情から、譜読みの段階から非常に丁寧にこの作品を紐解いていただき、中村氏は、自身も奏者として飯守泰次郎氏のもとワルキューレを演奏した経験を生かした効果的な練習を進めていただきました。三氏のご協力によりアマチュアオケの「ワルキューレ」が次第に形のあるものに変わっていきました。

そうした過程を経る内、多くのメンバーが知らず知らずにワーグナーの毒のある魅力に憑かれ、深みに嵌っていきました。一旦魅力を知ってしまうと、欲するままに表現したくなるのがアマチュア魂。長い時間の練習を積み重ね、さらに深く、熱く、ワーグナーを演奏する欲求が高まっていきました。

■ワーグナー協会例会の出来事

2月のある日、私の自宅に日本ワーグナー協会から例会の案内が届きました。大変嬉しいことに、ジークリンデ役の池田香織さんがゲストに招かれ、彼女の歌と講演が行われるとの事。もちろん我々の演奏会にも触れられます。喜び勇んで上京させて頂きました。池田さんの声を聴くのはこの日が初めてでしたが、普段のざっくばらんなお姉さんが、一声出すと会場の空気が一変。ワーグナー協会員が席を埋めた会場が大きく揺さぶられるような衝撃でした。その日はヴェーヌスとジークリンデの歌唱を聴きましたが、演奏会の成功を確信するには充分過ぎる時間でした。

■本番へ

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この公演は、単なる演奏会形式の上演ではなく、「ワーグナー入門」としての使命もあると考えていました。聴衆に、ワーグナーとその作品への理解を深めて貰うために何が出来るのか。字幕をつけたら、スクリーンで解説を映したら、いろんな意見が出されましたが、予算の制約もありますし、会場となる愛知県芸術劇場コンサートホールの雰囲気を壊してもいけない。色々な方に相談させていただいた結果、本番当日のプレトークを、音楽評論家の吉田真氏にお願いすることが出来ました。私が聞き手となり、対談形式で作品の背景や聴きどころなどのポイントを解説いただきました。実際にオーケストラを鳴らして示導動機の演奏例も取り入れるなど、分かりやすく、充実したトークになったと満足しています。
また、吉田氏にはプログラムにも解説文をお願いし、壮大な指輪物語の中の「ワルキューレ1幕」の位置付けからあらすじまで、短時間で読めるようにまとめていただきました。さらに、高辻知義氏と音楽の友社のご好意により対訳も掲載出来ました。

■上演

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本番当日、会場のオルガン前では開演を告げる剣の動機が高らかに演奏されました。ワーグナーを聴く雰囲気を盛り上げ、会場を高揚させたいと、バイロイトのファンファーレに倣って取り入れたアイディアです。
そして本番の上演。ここまで積み上げてきたメンバー全員の力と集中力で、「魂の入った演奏」が出来たと自負しています。
私自身は言葉にならないほどの大きな感動を得ましたが、当事者として、また一奏者として演奏の内容や出来について論評すべきではないと考え、遠方からお越しいただいたワーグナー協会員の皆様の声を集めてみました。

※Kさん 
ルーチンワーク演奏になってしまうプロオケでは、とても聞くことができない熱気のある演奏が聞けました。
※Fさん
まさに同感です。最高の、感激度の高い、演奏だったと思います。
※Nさん
山下氏の好リードのもと、オーケストラ全員の「ワーグナーの名作に頭を垂れて演奏に奉仕する」という情熱がひしひしと感じられ感服致しました。
※Oさん
ジークリンデに圧倒されました。この役は国内外でこれまで何度も聴いていますが、どこに出ても十分勝負出来る素晴らしい歌唱でした。
※Sさん
ワーグナーを聴くだけでなく、演奏する喜びを、オーケストラの中で体一杯に表現することがどんなにか幸福なことなのだろう!
※Yさん
ワーグナーとこの曲の持つ力を思い知らされました。細かい演奏技術云々がいかに瑣末な話か、改めて感じています。
※Hさん
ジークリンデ役の池田さんが全体に火をつけたといってもいいだろう。3場後半からの勢いは、もうオケも歌手もなだれ込むよう。音楽はナマモノというが、歌手、オケ、指揮者がそれぞれの相乗効果で盛り上がっていくのがわかるし、それぞれ単独ではたどりつけない高みにひきあげられたように思う。

■最後に

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演奏会が終わってから「このコンサートを通じてすっかりワーグナーを好きになりました」という声が多くのメンバーから寄せられました。その言葉だけでも、今回のコンサートを企画した甲斐があったと思います。ご協力を頂いた皆様には、地方のアマチュアオーケストラの演奏会を、これほどまでに価値のあるものにしていただき、心から感謝しております。この先も、ウィンナスタイルの維持など、いろいろ課題はありますが、次回の開催を目指し努力していきたいと思っています。

最後に、私が書いた当日の日記(ブログ)を抜粋し、当時の気持ちを記して締めくくります。

ワルキューレ
正直最初固かった・・・・。
チューニングもままならず不安のまま突入。
ちょっとやばいシーンもありましたが、何とか乗り越え(ある意味すごい!)後半は徐々に興が乗ってきて・・・・。

すさまじいテンションで興奮のままクライマックス!
ジークリンデの背中に炎が燃え盛っていました。

後半の壮大な剣のテーマから終わりにかけて、なんかもういろんな想いが込み上げて、涙が溢れそうでした。

迷いも吹っ切れ、吹ききる。

人生の節目とも思える、一時。

カーテンコール中、涙をこらえるので必死でした。

まだまだこの年になっても感動した涙が流せます。
この感覚があるから、音楽もオーケストラもやめられないのです。

でも本当に、皆様との出会いがあって縁があって、成り立ったこの時。

本当に皆様に感謝しています。

心から魂を揺さぶるそんな瞬間のために。
また皆さんいい音楽しましょう!
関係各位、ありがとうございました。


【公演データ】
2008年4月27日(日) 愛知県芸術劇場コンサートホール
歌手:ジークリンデ:池田香織、ジークムント:二塚直紀、フンディング:藤村匡人
指揮:山下一史  オーケストラ:名古屋ワーグナー管弦楽団 

<文責:佐藤悦雄>